ぶどうの音色、ワインの調べ 第1話

2018 年 11 月 09 日ライター:Yasuyuki Ukita

第1話 弦楽四重奏がオーケストラに

先日、取材でボルドーのシャトー・ペデスクロー(メドック格付け5級)を訪ねたとき、アッサンブラージュについて改めて考えさせられるような体験をしました。今回このコラムでワイン用ぶどう品種やアッサンブラージュのことを書くのにあたり、まずそのエピソードからご紹介して、導入にしたいと思います。


2014年にモダンな装いに生まれ変わった
シャトー・ペデスクロー

 

シャトー・ペデスクローはボルドー左岸、メドック地方の中ほど、超一流の銘醸シャトーがひしめくポイヤックのどまん中にあります。ブドウ畑はいわゆる“5大シャトー”のシャトー・ムートン・ロートシルトやシャトー・ラフィット・ロートシルトと境を接し、一部の区画はそれらのシャトーと交換したりしています。オーナーのフランソワーズ・ロレンツェッティ氏が「ここは世界で最も恵まれたテロワールだ」と胸を張って言うのも決して自信過剰な表現ではありません。

設計はジャン・ミッシェル・ビルモットが担当

 

1810年にワイン商、ピエール・エドモンド・ペデスクローが立ち上げた歴史あるシャトーを現代の不動産王であるロレンツェッティ氏が購入したのは2009年のこと。その後、ロレンツェッティ氏は資本を投下して畑を拡張し、2014年には116個の醸造タンクを擁するスーパーモダンな新醸造施設を完成させます。世にも稀なテロワールの潜在能力を最大限に発揮するための大勝負に出たというわけです。

2018年ヴィンテージの収穫

 

完熟したカベルネ・ソーヴィニヨン

 

新施設が完成して以降の3つのヴィンテージ──2014、2015、2016──のシャトー・ペデスクローを比較試飲させてもらいました。2014は果実味と樽由来の風味のバランスが良く、タンニンが滑らかで、精緻な造りであることがワインから窺われました。音楽に喩えるなら、ヴァイオリンとヴィオラの合奏を聴くような感じ。このワインのセパージュ(ぶどう品種と構成比率)はカベルネ・ソーヴィニヨン53%、メルロー47%です。

収穫されたぶどうを選果する人たち

除梗、破砕を終えたぶどう

 

2015は2014よりも少し濃く、なめし皮や肉のトーンがあり、ほの暗いような印象がありました。2015年は優良なヴィンテージとして知られ、日差しを感じる明朗なワインになることが多いのです。ですから、ここで感じた「ほの暗さ」は意外でした。しかし、セパージュを聞いてその謎が解けました。2015にはカベルネ・ソーヴィニヨン52%、メルロー42%に加え、プティ・ヴェルドが6%入っていたのです。僕が感じた「濃さ」や「ほの暗さ」はヴィンテージによる個性ではなく、プティ・ヴェルドがアッサンブラージュに加わることによって現れた表情だったのです。このワインを音楽に喩えるなら、ヴァイオリン、ヴィオラにチェロも加わった弦楽四重奏でしょうか。

シャトー・ペデスクロー2015

 

2016については先にセパージュを明かしましょう。カベルネ・ソーヴィニヨン48%、メルロー45%、カベルネ・フラン4%、プティ・ヴェルド3%。つまり2015の品種構成からさらに一つ、カベルネ・フランという品種が加わったのです。たった一つ、それもわずか4%が加わっただけですが、ワインの複雑みが劇的に増しているのに驚きました。カシスにカカオ、森の下生え、ローリエ‥‥次々と香りの要素が立ち上がります。3カ月前にボトル詰めされたばかりの若いボルドーとは思えない、開けていて、奥深い味わい。音楽に喩えるなら、それはオーケストラによるシンフォニー‥‥。

1934年物の貴重なボトル。

 

上記3つのうちのどれがよりおいしいかということを僕は述べているのではありません。好みやその日の気分、合わせる料理によって、どれがベストかは変わってくると思います。僕がここで言いたいのは、多品種をアッサンブラージュすることによって、ワインはかくもその表情を激変させるということ。そして、これは後ほどあらためてお話ししますが、このアッサンブラージュこそがボルドーをして、世界最高峰のワイン産地にならしめている「秘術」「魔法」と呼ぶべきものだということです。

フランソワーズ・ロレンツェッティ氏を挟んで、
妻のジャッキーさん(右)と娘のマノンさん(左)

 

これから、皆さんと一緒に、ぶどう品種とアッサンブラージュについて、様々な角度から見ていきたいと思います。

 

浮田泰幸(うきたやすゆき)
ワイン・ジャーナリスト、ライター。内外の産地・ワイナリー・生産者を取材し、雑誌やウェブサイトに記事を寄稿している。これまで訪問したワイナリーは500軒を超える。