ぶどうの音色、ワインの調べ 第6話

2019 年 05 月 30 日ライター:Yasuyuki Ukita

第6話 スペインワインの王様

スペインで最も有名なワイン産地といえばリオハでしょう。テンプラニーリョ種を主体に、ガルナッチャやグラシアーノといった固有品種をブレンドして造られるクラシック・スタイルの赤は長期熟成によって大輪の花を開かせる威風堂々とした銘酒です。この場合、早熟で繊細な風味を持ち、酸やタンニンの高いテンプラニーリョが主役を演じ、脇役のガルナッチャがアルコールと人懐っこい甘みを、グラシアーノが華やかなアロマを補うという配役になります。

収穫間近のテンプラニーリョ。

 

しかし、テンプラニーリョにとって最良の地はリオハではなく、同じくスペイン北部にあって、リオハよりもやや西方のリベラ・デル・ドゥエロだと言われています。ここにある「ベガ・シシリア」というワイナリーの造る「ウニコ」は、スペインを代表する傑作です。僕も数年前に、「ウニコ1982」を飲む機会に恵まれましたが、グラスに鼻を近づけた瞬間に感極まってしまうような、極めてエモーショナルなワインでした。「ウニコ」は、この地でティント・フィノと呼ばれるテンプラニーリョと国際品種(*1)であるカベルネ・ソーヴィニヨンとのブレンド。この“国際結婚”というべき組み合わせが生まれた背景には、ボルドーやドウロなどとはまた別の事情があります。

リベラ・デル・ドゥエロの赤。

 

1864年、ボルドーでワイン造りを学んだエロイ・レカンダは父親のトリビオから受け継いだ土地にベガ・シシリアを興します。そこには在来のテンプラニーリョに加えて、エロイがフランスから持ち帰ったカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、カルメネール、プティ・ヴェルド、マルベック、ピノ・ノワールが植えられました。1929年のバルセロナ万博で、テンプラニーリョにボルドー品種をブレンドしたベガ・シシリアのワインが金賞を受賞し、一躍世界の注目を浴びます。ボルドー品種の風味が加わることで、テンプラニーリョの個性を知らなかった人たちにも馴染みやすさを与えたのでしょう。以来、80年以上の時を超えてベガ・シシリアはそのプレステージを保ち続けています。

ベガ・シシリアのオーナー、パブロ・アルバレス氏。

ベガ・シシリアの醸造タンク。

 

例えば、「ウニコ」の2003年ヴィンテージは、テンプラニーリョ91%、カベルネ・ソーヴィニヨン9%です。先ほど、このようなブレンドを国際結婚に見立てましたが、スペインでは70年代以降、収益率を上げることを狙って、固有品種から国際品種への植え替えが広く行われたことがあり、必然的に国際品種と固有品種を混ぜたワインが増えたという事情がありました。例えば、スペイン北東部のナバーラはガルナッチャ種の生まれ故郷ですが、この品種に国際品種をブレンドしたものを「ナバーラ・ブレンド」と呼んで売り物にしています。これらの動きに勇気を与えるものとして、ベガ・シシリアの成功があったことは想像に難くありません。

「ウニコ1982」。「ウニコ」は樽と瓶での熟成、合わせて10年以上を経てリリースされる。

 

ベガ・シシリアと同じリベラ・デル・ドゥエロに「ピングス」というカルト・ワインで一世を風靡したピーター・シセックという醸造家がいます。「ピングス」はテンプラニーリョ100%ですが、彼が手がけるもう一つのワイナリー「アシエンダ・モナステリオ」の旗艦銘柄は、ウニコ同様、テンプラニーリョとカベルネ・ソーヴィニヨン等のブレンドです。数年前、シセック氏にインタビューした際、彼は「カベルネ・ソーヴィニヨンのブレンド比率は銘柄によって、10〜23%程度だが、ワインに力を与えてくれるという点で、この品種の重要性は高い」と話していました。

ピーター・シセック氏。

モダン・スパニッシュの代表格「ピングス2010」。

 

この時試した「アシエンダ・モナステリオ リゼルバ2012」は、シセック氏のワインらしい甘い果実が前面に出ていながらも、ドライで、シリアスなところがあり、カシスや杉の木の香りにカベルネ・ソーヴィニヨンのキャラクターを明確に感じるワインでした。

「アシエンダ・モナステリオ2011」。こちらはコセチャ(3年熟成)。
カベルネ・ソーヴィニヨンの他、メルローやマルベックもブレンド。ワイルドハーブとチェリーの香り。

 

“国際結婚”が進んだ後、スペイン各地では、固有品種に重きを置く造り手が増えるという、ある種の揺り戻しが起こっています。この動きの先行きはどうなるのか? スペイン独自の新たなアッサンブラージュ文化が花開くのか? 目が離せないところです。

*1 国際品種:黒ぶどうでは、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、シラー、ピノ・ノワール等、白ぶどうでは、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブランなど、世界各地で栽培されている品種を国際品種と呼ぶ。これに対して、例えば日本のマスカット・ベーリーAのようにその土地固有の品種は「固有品種」「在来品種」「土着品種」などと呼ばれる。ただ、スペイン北東部を原産地とするテンプラニーリョは固有品種だが、オーストラリアやアメリカでの栽培例もあり、国際化している品種だと言える。

Photographs by Yasuyuki Ukita

浮田泰幸(うきたやすゆき)
ワイン・ジャーナリスト、ライター。内外の産地・ワイナリー・生産者を取材し、雑誌やウェブサイトに記事を寄稿している。これまで訪問したワイナリーは600軒を超える。