ぶどうの音色、ワインの調べ 第7話

2019 年 06 月 21 日ライター:Yasuyuki Ukita

 第7話 2つの個性が融合した“シチリアの至宝”

このコラムの「第5話」を書いた際、オーストリアのワイン法について調べていて、大変興味深い考察に出会いました。そのまま引用すると長くなるので、僕の方で端折って紹介します。
〈ゲルマン系(オーストリア、ドイツ)とラテン系(フランス、イタリア、スペイン)にはワイン体系に明確な違いがある。ゲルマンの方は使われているブドウ品種の特定が前面に出るのに対して、ラテンの方は産地の名前を特定することによってそのワインを区別し、特徴付けるのだ。例えばオーストリア人が「昨夜どんなワインを飲んだ?」と訊ねられたら、「昨日はおいしいツヴァイゲルトを飲んだよ」という風に品種名で答えるだろう。ところが、イタリア人に同じ質問をしたら「キアンティを飲んだよ」という風に産地名で答えるに違いない〉(AUSTRIAN WINEの公式サイトより)

これまで僕は何となく「ジェネリック・ワイン(ラベルに産地名を記したワイン。複数品種によるブレンドであることが多い)=旧世界、ヴァラエタル・ワイン(ラベルに品種名を記した単一品種のワイン)=新世界」というふうに大まかに理解してきましたが、この考察と出会って、目から鱗が落ちたような気になりました。

果穂が伸び始めたぶどう。

 

さてマクラが長くなりましたが、今回は“ラテン系”の代表、イタリアのワインの話をしましょう。長靴型をしたイタリア半島のつま先のさらに先に浮かぶ島、シチリアは地中海世界の真ん中に位置し、古くから様々な文明の交錯する土地として極めて重要な役割を担ってきました。ワイン造りの歴史も非常に長く、「あらゆるぶどう品種が一度はこの島を経由して世界に拡散していった」と言われています。

シチリア南東部の町、ラグーザ。

 

九州の3分の2ほどの面積を持つシチリアにはアフリカから熱風が吹き付ける炎暑の土地から、初夏でも雪が降るエトナ山の山腹まで多様な顔があり、様々なスタイルのワインが造られています。島の南東部、ヴィットリアという町の周辺で造られる赤ワイン、チェラスオーロ・ディ・ヴィットリアはイタリアのワイン法が定める格付けの最高位であるDOCG(統制保証付原産地呼称ワイン)にシチリアで唯一指定されているワインで、“シチリアの至宝”と呼ぶべきものです。

チェラスオーロ・ディ・ヴィットリアの代表的な造り手、〈ヴァッレ・デッラカーテ〉の旧醸造場からぶどう畑を望む。

 

このワインは、ネーロ・ダヴォラとフラッパートという全く個性の異なる2種類の黒ぶどうをブレンドして造ります。ワイン法では、ネーロ・ダヴォラを最低でも50%、フラッパートを最低でも30%使用することが求められています。

実は今日、シチリアで造られるワインの大半はヴァラエタル・ワインです。これはシチリアのワインが経てきた歴史と関係があります。その点、2品種のアッサンブラージュで造られるチェラスオーロ・ディ・ヴィットリアは「異端」だと言えます。

6代目オーナーのガエタナ・ヤコノさん。「チェラスオーロ・ディ・ヴィットリアを飲んで、その意外な軽やかさに驚かれる人もいます」

 

ネーロ・ダヴォラはシチリアを代表する赤ワイン品種です。濃い色合いと黒系果実の香り、ガッチリとしたボディが特徴で、テロワールによってはハーブや黒オリーブのニュアンスを有します。一方、フラッパートの方は、淡い色合いで、バラやスミレといった花の香りと赤系果実の優美な香りを特徴としています。パワフルネスとエレガンスが手を取り合ったチェラスオーロ・ディ・ヴィットリアは鮮やかなルビー色で、チェリー(チェラスオーロはチェリーの意味)やザクロの香りを中心に複雑なアロマを持ち、長期熟成にも耐える表現豊かなワインになります。この土地のもう一つの特産であるトマトを使ったパスタなどの料理にも良く合います。

共同経営者のフランチェスコ・フェッレーリ氏。

 

ミレニアムの前後にシチリアのワインが世界的にブームになった時代がありました(それまでは長きに亘って、「安かろう悪かろう」の時代が続いた)。このブームを引っ張ったのは、ネーロ・ダヴォラによる、果実味が前面に出た、濃くてアルコール度数の高いワインでした。しかし、その後の10年余りの間に、人々の嗜好や食のトレンドがシフトし、ワインにも優美繊細さ、軽快さが求められるようになったのはご存知のことでしょう。妙なるバランスを持つチェラスオーロ・ディ・ヴィットリアがDOCGに昇格したのが2005年だったのは時宜にかなったことだと思います(一つ下のクラスのDOCに指定されたのは1973年)。

右がチェラスオーロ・ディ・ヴィットリア。ラズベリージャム、チェリーリキュール、甘草、なめし皮、黒オリーブなどの香りがよく溶け込んでいる。

 

今日、シチリアではネーロ・ダヴォラもフラッパートも、単一品種で造られた秀逸なワインに出会うことができます。それでもなお、両者のアッサンブラージュによるチェラスオーロ・ディ・ヴィットリアにはどちらか片方だけからは受け取れない、いわば掛け算的な魅力があると僕は思います。先ほど「異端」だと表現しましたが、本当はチェラスオーロ・ディ・ヴィットリアの製法こそは、シチリアが古代から続く混淆文化の中で生み出し、精錬していった最上のものなのかもしれません。かの文豪ゲーテがシチリアについて次のように述べています。
〈シチリアなしのイタリアはわれわれの心に何の像も結ばない。シチリアこそはすべてに通じる鍵なのだ〉
チェラスオーロ・ディ・ヴィットリアにも「すべてに通じる鍵」が隠されている。そう考えて飲むと、ワインの味わいもまた一層増しそうです。

Photographs by Taisuke Yoshida

浮田泰幸(うきたやすゆき)
ワイン・ジャーナリスト、ライター。内外の産地・ワイナリー・生産者を取材し、雑誌やウェブサイトに記事を寄稿している。これまで訪問したワイナリーは600軒を超える。