ぶどうの音色、ワインの調べ 第8話

2019 年 07 月 30 日ライター:Yasuyuki Ukita

 第8話 同じ品種同士でアッサンブラージュ?

ボルドーのサン・ジュリアンにあるシャトー・ラグランジュは17世紀初頭に遡る長い歴史を持つ名門シャトーです。1855年に定められたメドックの格付けでは第3級の評価を得ています。ところが、1920年代にこのシャトーを取得したオーナーは世界恐慌や戦争の煽りを受けてシャトーを凋落させてしまいます。83年に日本の企業が経営に参画した当時は、畑も邸館も酷い有様だったと言います。

白鳥を思わせるシャトー・ラグランジュの邸館。

 

10年ほど前の収穫の頃、このシャトーの畑を同社副会長の椎名敬一氏の話を聞きながら歩いたことがあります。丘と呼ぶにはあまりにもなだらかな、緩傾斜の2つの高まり。乾燥して白さを増した砂礫質の土が陽光を返してすごく眩しかったのをよく覚えています。

丹念に手の入れられた畑。

 

「シャトーにかつての名声を取り戻させるプロセスは、“現代ボルドーワインの父”と言われるエミール・ペイノー博士と、その門下生で、私の前任者だった鈴田健二によって成されました。畑の整備・改植に加え、醸造施設を大幅に改修しました」と椎名氏。畑の大半は収穫を終えていましたが、成熟の遅いカベルネ・ソーヴィニヨンが植えられた一部の区画にはまだ枝に実が残っていました。

副会長の椎名氏はメドックマラソンにも参加する人。

 

あちこちワイン産地を巡っていると、ごく稀に「オーラを感じるぶどう畑」に出くわすことがあります。この“オーラ”を別の言葉で表すのは難しいのですが、端正で、生命感に満ち、ぶどうの木の方からこちらに語りかけてくるようなのです。この時、椎名さんと歩いたシャトー・ラグランジュのぶどう畑もまさにそう言う畑でした。

 

シャトー・ラグランジュのグラン・ヴァン(ファースト・ラベル)のセパージュはカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、プティ・ヴェルド。畑の広さは118haあり(他にオー・メドックに25haを所有)、微妙に異なるぶどうの成熟速度を考慮して100の区画に分け、収穫も醸造も区画ごとに行なっているとのこと。マロラクティック発酵(刺激の強いリンゴ酸をまろやかな乳酸に変化させる工程)を終えた各キュヴェは樽熟成に移る前にアッサンブラージュがなされますが、ここでは複数品種によるブレンドだけでなく、品種は同じで区画の違うキュヴェのブレンドも行われます。同じメルローでも、Aという区画から来たものとBという区画から来たものは当然、生まれも育ちも違います。それらが合わさることで、ワインはよりその土地全体の個性を余すところなく表すことになり、また複雑味を増すのです。

区画ごとの醸造を可能にした小ぶりな醸造タンク。

グラン・ヴァン(右)とセカンドラベルのレ・フィエフ・ド・ラグランジュ(左)。「偉大なワイン」でありながら、比較的若いうちから楽しめるのがこのシャトーのワインの特徴。

 

別の機会に、シャトー・ラグランジュの10ほどのヴィンテージを垂直試飲することがありましたが、収穫年ごとに全く異なる個性があるのに驚かされました。そして、それこそはワインの味わいを予め決めつけることなく、素直に土地の個性(収穫年ごとに異なる天候含め)を表現しようとした結果なのだと思いました。

 

同じボルドーの別の話ですが、去年のこれまた収穫時期にシャトー・ド・ローガという小さな造り手を訪ねた時のことです。醸造室ではちょうどデレスタージュという作業の真っ最中でした。

シャトー・ド・ローガはオーナー自らが畑に立つ、小規模生産者が集まる「クリュ・アルチザン」のメンバー。

カベルネ・ソーヴィニヨンはまさに収穫のタイミング。

デレスタージュの模様。初めて見る人は、激しい動きのある工程に驚く。

 

「液抜き静置法」と訳されるこの作業は、発酵中のマスト(果醪)から一旦ジュースを抜き出して別のタンクに移し、元のタンクに残った果皮や種子を酸素に触れさせることによって、色素やタンニンの抽出を促す工程ですが、若き当主のシャルル・ブラン氏によれば、「タンクによって、抽出の度合いに違いを付け、後でアッサンブラージュすることで複雑味を出す」とのこと。意外なところからアッサンブラージュの奥義が垣間見えたようで、強く印象に残ったのでした。

ブラン氏は九州の飲食店で働いた経験もある。常識に囚われない彼のワイン造りには、外国体験の影響も。

樽に入ったワインが眠るシェ。

Photographs by  Hiromichi Kataoka, Yasuyuki Ukita

浮田泰幸(うきたやすゆき)
ワイン・ジャーナリスト、ライター。内外の産地・ワイナリー・生産者を取材し、雑誌やウェブサイトに記事を寄稿している。これまで訪問したワイナリーは600軒を超える。