ぶどうの音色、ワインの調べ 第10話

2019 年 10 月 08 日ライター:Yasuyuki Ukita

第10話 痩身のクールエレガンス、カベルネ・フラン

今回から個々の品種についてお話ししていきたいと思います。まずは、栽培面積世界第1位を誇るカベルネ・ソーヴィニヨンから‥‥と言いたいところですが、あえて第17位の品種から始めたいと思います。その品種とはカベルネ・フラン。なぜこの品種をトップバッターに選んだのか? お楽しみは、もう少し後で。

ボルドー右岸を代表するシャトー・シュヴァル・ブラン。カベルネ・フランとメルローが半分ずつブレンドされ、両者の特質が見事に調和している。

 

長らくフランス・ボルドーが原産地だと考えられてきたカベルネ・フランですが、最近の研究でどうやらスペイン・バスク地方が故郷であることが分かりました。前回お話ししたように、ワイン用ぶどうの発祥地はジョージア(旧グルジア)辺り。フランスの南西部に位置するボルドーへは東の方からぶどうが入ってきたと考えがちですが、今後お話ししていくカベルネ・ソーヴィニヨンやメルローを含め、「ボルドー品種」と呼ばれるぶどうの多くは、実はスペイン北部、つまりボルドーから見て西の方から入ってきたようです。

シャトー・シュヴァル・ブランの醸造タンク。

 

果粒が小さく、形状はカベルネ・ソーヴィニヨンと似ていますが、より早熟で、冷涼な土地でも完熟するのがこのぶどうの持ち味です。ワインにすると、赤い果実やすみれの花の香りを放ち、伸びやかな酸のあるエレガントな味わいになります。ただ、日照が少なかったり、気温が低かったりすると、ピーマンなどを思わせるえぐみが出ることがあります。

シャトー・シュヴァル・ブラン当主のピエール・リュルトン氏。ボルドーに君臨するワイン名家、リュルトン家の出世頭で、
ソーテルヌの最高峰、シャトー・ディケムのトップでもある。

 

主要産地はボルドー。但し、同じボルドーでも左岸(メドックなど)と右岸(サンテミリオンなど)では、この品種のポジショニングが異なります。左岸では、ブレンド用の脇役で、せいぜい使われても10%程度。ぶっちゃけ話をすれば、カベルネ・ソーヴィニヨンと収穫期がズレるので、悪天候などで「主役」に万が一のことがあった場合に、その分を補う目的で植えられているようです。一方、右岸では、俄然輝きを増します。サンテミリオンの銘醸シャトーの多くがメルローと同じくらいの比率でカベルネ・フランをブレンドしています。

「シャトー・シュヴァル・ブラン2004」(左)とセカンドワインの「ル・プティ・シュヴァル1998」(右)。
後者はメルロー75%、カベルネ・フラン25%。

 

この品種のもう一つの晴れ舞台が中央フランスから西フランスに開けたロワール地方です。この地方ではカベルネ・フランは「ブルトン」「ブーシェ」とも呼ばれ、単一品種による優美なワインが造られています。ボルドーよりも冷涼な気候が幸いして、ここでは「主役」の座に就いているというわけです。日本の初夏や秋口の、やや気温の高い日に飲むロワールのカベルネ・フランは軽やかで清涼感があって、なかなか良いものです。

その他、イタリア北東部でも多くのカベルネ・フランが見られます。1990年代には、カベルネ・ソーヴィニヨンの2倍以上のカベルネ・フランがイタリアで栽培されていたという数字があります。さらに東へ、アルバニアやカザフスタンにもカベルネ・フランは旅しています。いずれも気候的にマッチしたのでしょう。

「ウルトレイア」はスペインの鬼才ラウル・ペレス氏が手がけるメンシアの逸品。

 

スペイン北部のビエルソの代表品種メンシアはカベルネ・フランと同じであると、長らく地元の人でさえ信じていましたが、これも最近の研究により、別の遺伝子を持つ「他人の空似」であることがわかりました。とは言え、2つのぶどうには、適する土地、香りや味の出方に大変似通ったものがあり、「他人」と言うよりは「近縁」ではないかと僕が信じています。何と言っても、原産地であるバスク地方とビエルソは陸続きでそれほど遠くなく、サンティアゴ巡礼の道で太く、強く繋がっているのですから。

デセンディエンテス・デ・ホセ・パラシオスのラインアップ。いずれもぶどうはメンシア。
キュヴェによって、カベルネ・フランとそっくりなものとピノ・ノワールとの類似を感じるものとがある。

ぶどう畑の中の道を聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラへと歩む巡礼者。

 

実はカベルネ・フランは、比較的古い品種で、カベルネ・ソーヴィニヨンやメルローはこの品種を一方の親として誕生したものです。それゆえに、この品種をトップバッターに選んだのでした。ちなみに、カベルネ・ソーヴィニヨンのもう一方の親は白ぶどうのソーヴィニヨン・ブラン、メルローのもう一方の親はマドレーヌ・ノワール・デ・シャラントというぶどうです。

先日、山梨・勝沼の有力ワイナリー8社が一堂に集う試飲会が都内で開かれ、僕も出向きました。そこでお会いした中央葡萄酒の三澤茂計社長が「個人的にポテンシャルを感じているぶどう品種はカベルネ・フランです」とおっしゃっていて印象に残りました。三澤さんのところの「グレイス」と言えば、甲州種の白ワインで今や国際的な評価を受けている銘柄です。赤にも素晴らしいものがありますが、カベルネ・ソーヴィニヨン主体のボルドー・ブレンドの陰に隠れてカベルネ・フランはそれほど目立ちません。「日本人の嗜好や現代の食事に合うと思うのですが‥‥」。勝沼の仲間たちがなかなかその話に耳を傾けてくれないのだそうです。三澤さんの意見に共感する僕としても、日本のワイナリーから続々とカベルネ・フランの名酒が出てくると楽しいと思うのですが。

Photographs by Hiromichi Kataoka

浮田泰幸(うきたやすゆき)
ワイン・ジャーナリスト、ライター。内外の産地・ワイナリー・生産者を取材し、雑誌やウェブサイトに記事を寄稿している。これまで訪問したワイナリーは600軒を超える。