ぶどうの音色、ワインの調べ 第11話

2019 年 11 月 18 日ライター:Yasuyuki Ukita

第11話 ブリティッシュ・トラッドを着こなすエリート①

〈カベルネ・ソーヴィニヨンといえば、熟成によって繊細かつ壮麗なものへ変化する能力を持つ本格的赤ワインと同義である〉
これはイギリス人ワイン・ジャーナリストの双璧──ヒュー・ジョンソン氏とジャンシス・ロビンソン女史──によって編まれた大著『地図で見る世界のワイン(原題:The Word Atlas of Wine)』の品種紹介の項の記述です。いよいよこの品種の話をする時が来ました。カベルネ・ソーヴィニヨンは世界で最も多く栽培され、各地で素晴らしい赤ワインになっている品種。「WINE BLEND PALETTE」のキーとなるぶどうでもあります。


カベルネ・ソーヴィニヨンの果皮はブルー。
表面が白っぽく見えるのはブルームと呼ばれる脂質由来の蝋(蝋粉)。
このブルームが満遍なく付いている果粒は鮮度が高いとされる。

 

ジャンシス・ロビンソン女史には『Guide To Wine Grapes』という、ぶどう品種解説の決定版的な著作があります。その中の「カベルネ・ソーヴィニヨン」の項から、かいつまんで翻訳・引用してみましょう。

〈高品質で長期熟成に向く赤ワインのための、世界で最もよく知られたぶどう品種。生まれたのはボルドー、特に水はけの良いメドック地区やグラーヴ地区。それらの地では、この晩熟のぶどうは大抵の場合、他の品種とブレンドされる。この手法はフランス各地のワイン産地へ、さらには多くの古くからのワイン産地で採用されている。同様に、ニューワールドでも土地固有の伝統品種と混ぜて、あるいはボルドーにおける伝統的なパートナーであるメルローと混ぜて製品にされる。カベルネ・ソーヴィニヨンのみでワインが造られることも多い〉

ボルドー、オー・メドックのシャトー・ラモット・ベルジュロンで
訪問者用に展示されていたメドック地区の地図とカベルネ・ソーヴィニヨン、メルローの果実。

 

〈この品種の最も際立った特徴は「旅する能力」だろう。遠く離れた土地まで旅をして、そこに根を張り、そこがどんな環境であっても、カベルネだとわかる果実を実らせる。カベルネ・ソーヴィニヨンが味わいにおいて素晴らしいのは、果実味が必ずしも先に立たないことだ。その香りはしばしばカシス(黒スグリ)に喩えられるが、ピーマンのような香りが出ることもある〉

カベルネ・ソーヴィニヨンを収穫する人々。

カベルネ・ソーヴィニヨンの果実は比較的果粒の密度が高い。
房を鷲掴みにすると粒間の隙間がなくカチッとしているのがわかる。

 

ロビンソン女史はカベルネ・ソーヴィニヨンを乗り物になぞらえています。その乗り物が運ぶのはヴィンテージによる違いや、ワイン造りの技量、テロワールの特徴であると。つまりこの品種は「違い」や「個性」を表現する能力に秀でているということでしょう。その点でカベルネ・ソーヴィニヨンは、同じように世界的にポピュラーなシャルドネとよく似ているとも彼女は述べています。

シャトー・パルメイ(オー・メドック)の熟成庫にて。
カベルネ・ソーヴィニヨンはフレンチオークの樽と相性が良いことも特徴。

 

僕はカベルネ・ソーヴィニヨンと聞くと、きちんと仕立てられたブリティッシュ・トラッドのスーツを着た、遣り手のビジネスマンを思い出します。彼は健全な野望を胸に秘め、夢を実現させるための知性や体力も備えている。少し堅物に見えることもあるけれど、サービス精神があり、生まれつきミステリアスな部分も持っているので、デートで女性を飽きさせるようなことはない。日頃の自己管理がちゃんとできているので、歳を重ねて柔和になることはあっても、醜く肥えるようなことはない。若い頃の野心は、人生の後半において、他者への思いやりや慈しみへと昇華する。晩年、暖炉の傍に置かれた革張りのソファで訥々と語られる彼の物語は、聞く者に人類共通のノスタルジアを垣間見せる叙事詩に他ならない‥‥。

シャトー・カロン・セギュール(サンテステフ、メドック格付け3級)の
フラッグシップは例年カベルネ・ソーヴィニヨンが2/3を占める。
テクニカル・ディレクターのヴァンサン・ミレ氏(2006年にシャトー・マルゴーから移った)は、
この品種こそがシャトーの個性だと信じ、将来的にはその比率を7割に上げるつもりだと述べている。

 

すっかり空想の世界に入ってしまいました。次回はこの「キー・バラエティ(鍵となる品種)」について、さらに理解を深めていければと思います。

Photographs by Yasuyuki Ukita

浮田泰幸(うきたやすゆき)
ワイン・ジャーナリスト、ライター。内外の産地・ワイナリー・生産者を取材し、雑誌やウェブサイトに記事を寄稿している。これまで訪問したワイナリーは600軒を超える。