ぶどうの音色、ワインの調べ 第13話

2020 年 03 月 03 日ライター:Yasuyuki Ukita

第13話 ブリティッシュ・トラッドを着こなすエリート③

 


「シャトー・パルメイ」の熟成庫で。

 

ボルドーのワインはアッサンブラージュされたものがもっぱらですから、ボトル詰めされた完成品から一つの品種の純粋な香りを感じ取ることは困難ですが、アッサンブラージュされる前、樽で熟成中のキュヴェからなら特定品種の特徴を知ることができます(ワイナリー訪問すると、これを試させてくれることがある)。

また、完成品であっても、例えばカベルネ・ソーヴィニヨン比率の高いものとそうでないものとを飲み比べることで、何がカベルネ・ソーヴィニヨン独特の香りなのかを嗅ぎ分けることができます。

ボルドーのカベルネ・ソーヴィニヨンから一般的に感じられる香りには、カシス(黒すぐり)、杉、森の下生え、濡れ落ち葉、キノコ、鞣し革、インクなどがあります。

 

ツーリスト向けのアッサンブラージュ体験。みんな、真剣そのもの。

 

なんだか陰気で一見ネガティブな印象の形容が多いように思われるかもしれませんが、それらがボルドーの赤ワインに奥行きと複雑味、さらには飲み手を瞑想に誘うような神秘性を与えているのです。

ボルドーのカベルネ・ソーヴィニヨンにこのような個性をもたらしているものは何なのでしょう? 畑の土壌? 気候? 河川や海からの距離? 標高や地勢? あるいは土中の微生物でしょうか?

他の多くの産地のワインとの比較を通して僕なりにたどり着いた結論は、「湿り気」です。

健全に実ったカベルネ・ソーヴィニヨン。

 

ボルドーの年間降水量は800〜950mmほど。この数字はブルゴーニュ地方よりも2割ほど多く、山梨県勝沼と比べると2割ほど少ないといったところです。

ワイン産地としては平均的に見えますが、世界を見渡せば、年間降水量が300〜500mmというところもざらにあり、ボルドーは「湿った産地」の部類に入ることがわかります。

ボルドー南部には貴腐ワイン(ボトリティス・シネレア菌の作用=貴腐で独特の風味を持つぶどうから造られる甘口白ワイン。「シャトー・ディケム」が有名)で知られるソーテルヌ地区があります。

貴腐は秋口に川面から立ち昇る霧が菌の活性を促すことで起こります。

これもまたボルドーが「湿り気」の産地である証拠です。

湿気はぶどうの大敵であるカビ系の病気の原因となるので、産地にとっては厄介なものです。

ボルドーという産地はそのリスクを抱えつつ、微妙なところでバランスを取って、ワインに深い味わいを獲得している土地なのです。

雹によるダメージを受けたカベルネ・ソーヴィニヨン。

 

カベルネ・ソーヴィニヨンの香りのうち、ネガティブな表現として「ピーマン香」があります。

これはこの品種に多く含まれるメトキシピラジンという物質に由来する香りだということがわかっています。

メトキシピラジンは未熟な果実に多く含まれ、また、太陽光によって分解されます。

つまり、冷涼な土地や冷涼な年にはより顕著にピーマン香が出現するということ。

また、ぶどうの房の上の葉を除いてやる、収穫をなるべく遅めにするなどで、ある程度はその出現をコントロールすることができるということです。

デレスタージュ(液抜き静置)というプロセス。発酵中の果皮や種を空気に触れさせることで成分抽出を促進する。

 

「欠陥臭」として知られるピーマン香ですが、これが皆無なら良いというわけではないという意見もあります。

少しだけこの香りがある方がワインにフレッシュ感が出て、ボルドーらしいというのです。

これはなかなか含蓄のある話です。魅力のある人というのは、往々にしてどこかに欠点を持っているものではないでしょうか。

若いボルドーをデキャンタするのは空気に触れさせることでワインを一気に開かせるため。

フォアグラを取った後の鴨、マグレ・ド・カナールのグリル(薪の代わりに剪定で出たぶどうの枝を使う)は
ボルドーの郷土料理の一つ。熟成した赤ワインとの相性の良さは言うまでもない。

 

最後に「インク香」の話を一つ。

以前、あるワイン雑誌で、ボルドーの比較的カジュアルなワインを100本紹介するという企画がありました。

ワイン界の重鎮某氏が試飲し、コメントしたものを僕がまとめるというシフトでした。

100本のワインの味わいを違えて書くのはなかなか骨の折れる作業です。

某氏のテイスティング・コメントをザッと読んで、僕は頭を抱えてしまいました。

「インクっぽい香り」という表現が何十回も登場していたのです。

「インク香」はスパイシーな風味を示す形容として、プロの世界では知られています。

事実、鼻に感じる香りはインクのそれと酷似しています。

しかし、この時は一般のワイン好きを対象にした記事だったので、香りや味わいの表現にはそれなりの配慮が必要でした。

「インクっぽい」は数本ぶんに留め、残りは全て別の表現に変えたのを覚えています。

 

Photographs by Hiromichi Kataoka, Yasuyuki Ukita

浮田泰幸(うきたやすゆき)
ワイン・ジャーナリスト、ライター。内外の産地・ワイナリー・生産者を取材し、雑誌やウェブサイトに記事を寄稿している。これまで訪問したワイナリーは600軒を超える。


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