ぶどうの音色、ワインの調べ 第14話

2020 年 04 月 21 日ライター:Yasuyuki Ukita

第14話 ブリティッシュ・トラッドを着こなすエリート④

 


「ルーウィン・エステート」のカベルネ・ソーヴィニヨン。

 

ボルドーのカベルネ・ソーヴィニヨンとコントラストを成すのがいわゆるニューワールドのカベルネ・ソーヴィニヨンです。オーストラリア大陸の南西の端っこにあるマーガレット・リバーは、産地形成から50年余りしか経っていないニューカマーですが、早くからプレミアムワインの産地として揺るぎない評価を得ました。その成功を支えた品種がシャルドネとカベルネ・ソーヴィニヨンでした。

 

マーガレット・リバーに最初のカベルネ・ソーヴィニヨンを植えたトム・カリティ。(©︎Vasse Felix)

 

マーガレット・リバーにカベルネ・ソーヴィニヨンが導入されたのは、ここの気候条件がボルドーとよく似ているからでした。しかし、気候条件だけがワインの味わいを決めるものではありません。土壌が違い、造り手のアプローチが異なれば当然醸されるワインにも違いが出てきます。マーガレット・リバーのカベルネ・ソーヴィニヨンのワインは、一般的にプラムの果実感が優勢で、黒オリーブやローリエ、リコリスなどの香りを持っています。

深みのある赤紫色。グラスの内側に残るラルム(涙)がエキス分の豊富さを物語る。

 

前回のこのコラムでカベルネ・ソーヴィニヨンの持つ「ピーマン香」の話題に触れましたが、マーガレット・リバーではそれに代わって、松葉を噛むようなエグ味が出ることがあり、それが強く出ると、ネガティブな評価になってしまいます(近年は様々な工夫によりこのエグ味がほとんど出なくなっている)。

ワイナリーが集積する一帯はこの海岸線から5kmほどの距離に位置する。海洋性気候はボルドーと同じ。

 

マーガレット・リバーのカベルネ・ソーヴィニヨンについて語るとき、避けて通れないのが「ホートン・クローン」の存在です。1930年代、マーガレット・リバーが産地形成されるはるか前のこと、西オーストラリアの先駆者的なワインメーカーであったジャック・マンはブッシュ・ヴァイン(株仕立て)のカベルネ・ソーヴィニヨンの木から穂木を取り、パース北郊のワイン産地、スワンヴァレーの「ホートン・ワイナリー」の畑に植えます。その後、ジャックの息子ドーハン・マンがその中から優良株の21本を選び、それらの穂木をマーガレット・リバー及び、その周辺に広がる産地に分け与えます。これが「ホートン・クローン」です(単一のクローンではないので、「ホートン・セレクション」と呼ぶべきとの見解もある)。

羊が放たれたぶどう畑。

 

「ホートン・クローンの特徴は、繊細だが切れない黒鉛のようなタンニンと豊かな芳香が果てしなく続くこと」と語るのは「ルーウィン・エステート」のチーフ・ワインメーカー、ティム・ロヴェット氏。「ヴァス・フェリックス」のチーフ・ワインメーカー、ヴァージニア・ウィルコックさんは「より生産性の高い南オーストラリア産のクローンと比べて、ホートン・クローンは軽快なワインを造るのに適している」と述べています。

「モス・ウッド」のカベルネ・ソーヴィニヨン(右)は、「豪州を代表するカベルネ」と称されている。

 

興味深いのは「ザナドゥ」のシニア・ワインメーカー、グレン・グッダル氏による次のコメントです。「例えば、南オーストラリア産の『SA126』というクローンだと、タンニンが角張るので、青臭いエグ味を抑えるためにホートン・クローンよりも熟してから収穫しなければならないんだ」。どうやらマーガレット・リバーの土壌にはもともと黒ぶどうの風味にエグ味を出す何かが含まれているようです。

「カレン」のダイアナ・マデリン(右)もカベルネ・ソーヴィニヨン主体の傑作の一つ。
舌触りの滑らかさ、余韻の長さは群を抜いている。

 

「松葉を噛むようなエグ味」について言葉を加えるなら、実は僕はその風味が決して嫌いではありません。もし、マーガレット・リバーの赤ワインから完全にそれが無くなってしまったら、むしろ悲しいとさえ思っています。ラプサンスーチョンという紅茶をご存知でしょうか? 茶葉を松葉でスモークして香りをつけたもので、強烈にクセのある香りがします。初めてこの香りを嗅ぐ人は、例外なく顔を背けますが、飲むうちにこのお茶にしかない魔力に惹きつけられ、次第に病みつきになります。マーガレット・リバーのカベルネ・ソーヴィニヨンが放つ独特のフレーバーは僕にこのユニークなお茶を思い出させます。

 

Photographs by Yasuyuki Ukita

浮田泰幸(うきたやすゆき)
ワイン・ジャーナリスト、ライター。内外の産地・ワイナリー・生産者を取材し、雑誌やウェブサイトに記事を寄稿している。これまで訪問したワイナリーは600軒を超える。


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