ぶどうの音色、ワインの調べ 第15話

2020 年 05 月 26 日ライター:Yasuyuki Ukita

第15話

メルロー、永遠のノーマ・ジーン①

収穫されたメルロー。

カベルネ・ソーヴィニヨンの次にお話しするのは、当然メルローということになります。栽培面積は世界第2位。お膝元のボルドーではカベルネ・ソーヴィニヨンよりも多く栽培されています。

サンテミリオンの中心部。
この景観はブドウ畑を含めてユネスコの世界遺産に登録されている。

メルローとはどんなブドウなのか? 
イギリス人ワイン・ジャーナリストで、詩人としても活躍し、夕刊紙「イブニング・スタンダード」に気の利いたコラムを書いていたアンドリュー・ジェフォード氏の表現を借りるなら、こんなふうになります。

〈(メルローは)やわらかく、丸みがあり、ユーモアたっぷり、大地のようにおおらかで、享楽的。リラックスして冗談を言い合い、一緒におしゃべりを楽しめる赤。(略)メドックのカベルネを主体にしたワインがボルドーの貴族の精神だとすれば、サンテミリオンやポムロールのメルローは温かな農民の心である。〉

メルローの収穫はカベルネ・ソーヴィニヨンよりも1週間早い。

ジェフォード氏の文章でもそうですが、メルローは必ずカベルネ・ソーヴィニヨンとの比較で語られます。
偉大で真面目な長男の下に生まれた、天真爛漫で人懐っこい弟。
いや、メルローの持つ母性のような包容力を考慮に入れるなら、この品種は女性に喩えるべきかもしれません。
が、ジェンダーについて語ることがデリケートな昨今、ブドウ品種を特定の性別に喩えるのも避けるべきでしょうか。
一人の人物に喩えるなら問題ないとするなら、僕はメルローをマリリン・モンローに喩えます(このシリーズのタイトルにある「ノーマ・ジーン」はモンローの本名です)。
なぜモンローなのかについては、追い追いお話ししていきます。
いずれにしてもメルローの運命は、生まれながらにして、コントラストとしてのカベルネ・ソーヴィニヨンと共にありました。
このコラムでも、カベルネ・ソーヴィニヨンと対比しつつ、最終的にはメルロー独自のキャラクターに迫れればと思います。

余談ながら、モンローの36年の短い人生を彩った数々の男たち──ヤンキースのジョー・ディマジオ、作家のアーサー・ミラー、ジョン・F・ケネディ大統領など──のいずれが最もカベルネ・ソーヴィニヨン的か考えながらワインを飲むのも一興かも知れません。

メルロー主体の銘酒2つをサンテミリオンから。シャトー・パヴィ(右)とクロ・フルテ(左)。

メルローの故郷はカベルネ・ソーヴィニヨンと同じフランス、ボルドー地方です。
ボルドー大学の教授だった故アンリ・アンジャルベール氏によると、1784年に記された文書にはすでに「メルローはサンテミリオン地区、ポムロール地区における高品質な品種である」という記述があるそうです。
最近の遺伝子研究によって、メルローの両親はカベルネ・フランとマドレーヌ・ノワール・デ・シャラントという地ブドウであることが分かっています。
カベルネ・フランはカベルネ・ソーヴィニヨンの片方の親でもありましたね。
つまりカベルネ・ソーヴィニヨンとメルローは異母・異父きょうだいの間柄。
ちなみにマドレーヌ・ノワール・デ・シャラントはマルベックというブドウの片親でもあります。
フランス南西地方原産のマルベックは現在ではアルゼンチンの代表品種でもありますが、メルローと共通する親しみやすい風味があります。
それはマドレーヌ・ノワール・デ・シャラントの“血筋”なのかもしれません。

シャトー・トロロン・モンドにて。
メルロー80%で造られるこのシャトーのワインはデリケートな味わいで美しい余韻が長く続く。

シャトー・トロロン・モンドの醸造所からオフィスを望む。

栽培植物としてのメルローの最大の特徴は「早生・早熟」にあります。
ボルドーでは芽吹きも、開花も、果実が熟すのも、カベルネ・ソーヴィニヨンより1週間は早いと言われています。
早生・早熟のおかげで、カベルネ・ソーヴィニヨンなら果実が熟さないような寒い土地(冬の訪れが早い土地)でも栽培ができる一方、遅霜による被害のリスクが大きいというウイークポイントがあります。
ボルドーでは、1956年、91年、2017年と、ひどい霜害に見舞われました。
17年に遅霜がボルドー各地を襲ったのは4月末のこと。
収量が前年に比べて4割も減るという凄まじい被害が出ました。

ルモンタージュの工程。発酵中のワインを循環させて、抽出を助ける。

クロ・サンジュリアンのキャトリーヌ・パポン・ヌーヴェルさん。メルローの魅力を知り尽くしたワインメーカーだ。

水捌けが良く、暖かい土壌に適するカベルネ・ソーヴィニヨンに対し、メルローは湿った冷たい土壌に適応します。
同じボルドーでも砂や小石の多い左岸(メドック)にはカベルネ・ソーヴィニヨンが多く植えられ、粘土が優勢な右岸(サンテミリオン、ポムロールなど)にはメルローが多く植えられているのはこのためです。

サンテミリオンの衛星地区、リュサック・サンテミリオンのシャトー・リオナ。
1962年物はメルロー70%。50年以上の時間を経てもなおメルローの個性が感じられる。

メルローは水分をよくキープして大きな粒の実を実らせます。
房の中では果粒の詰まり方がゆるく、風通しがいいのですが、比較的果皮が薄いので、腐敗が起こりやすいのが弱点です。
栽培家にとって厄介なべと病のリスクもメルローの方が高いと言われています。

脂の乗った鴨の胸肉。メルローの優しい甘みが良くマッチする。

次回はメルローの香りや味わいの特徴について見ていきましょう。

(つづく)

※参考文献:『ワインを楽しむためのミニコラム101』(アンドリュー・ジェフォード=著、中川美和子=訳、阪急コミュニケーションズ)

Photographs by Yasuyuki Ukita

浮田泰幸(うきたやすゆき)
ワイン・ジャーナリスト、ライター。内外の産地・ワイナリー・生産者を取材し、雑誌やウェブサイトに記事を寄稿している。これまで訪問したワイナリーは600軒を超える。


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