ぶどうの音色、ワインの調べ 第19話

2020 年 09 月 02 日ライター:Yasuyuki Ukita

第19話 メルロー、永遠のノーマ・ジーン⑤

ボルドー、〈シャトー・ボーダン〉の収穫ランチ。

メルローの話の最後に、この品種の香りと味わいの特徴についてまとめておきましょう。

この品種のワインの典型的な香りはプラムと花です。この場合の「プラム」はスモモとセイヨウスモモ(プルーン)の両方を指します。スモモには何と300種もの品種があるそうです。われわれがスーパーなどでよく目にするのは「大石早生」「ソルダム」「太陽」「貴陽」などでしょうか。プルーンにも同様に複数の品種があります。

完熟したメルロー。

ごく大まかに言うと、スモモのほうが酸度が高く、瑞々しい味わい。プルーンのほうが甘みが強くて芳醇です。メルローのワインにはテロワールと醸造スタイルによって、様々なタイプの「プラム香」が出ます。10年くらい前には「旧世界=スモモ、新世界=プルーン」という傾向がありましたが、最近ではオーストラリアなど新世界からもスモモ的なワインがたくさん出てきています。その傾向は人々の嗜好が「パワフル」から「エレガント」へシフトしたことと無縁ではないでしょう。

3年前、惜しまれつつこの世を去ったボルドー大学醸造学部のドゥニ・デュブルデュー教授(1949-2016)を生前取材したことがあります。2009年のことでした。ボルドーの白ワインに革新をもたらし、「白ワインの教皇」の異名を取る教授ですが、赤ワインの香りの研究でも功績を上げていました。

取材は教授が所有する5つのシャトーのうちの一つ〈シャトー・レイノン〉で行いました。午前中の早い時間でしたが、教授はいきなりテイスティングから始めようと提案しました。

在りし日のデュブルデュー教授

メルロー主体の「シャトー・レイノン 2004」について、教授がこんなことを言いました。
「このワインには完熟したブドウではなく、あえて熟れ切る前の果実を摘んで使っています。果実味を特に尊重するためにね。つまり、私は本当のボルドーを造りたかったのです」 また「クロ・フロリデーヌ・ルージュ 2004」(ボルドー左岸のグラーヴ地区。品種はカベルネ・ソーヴィニヨンとメルローがほぼ同比率)については、「開き切ったバラのような香りがあるでしょう? これこそが石灰分を含む冷たい土壌に植えられた黒ぶどうが放つ独特のアロマです」と。いずれも、僕の記憶に強く残るコメントです。デュブルデュー教授の赤ワインにはプラムというよりはイチゴを思わせる果実香がありました。この時僕が経験したことは、メルローの香りについて語るとき、示唆に富むものだと思います。

〈シャトー・レイノン〉のブドウ畑を歩くデュブルデュー教授

小石混じりの粘土質土壌。排水性と保水性のバランスが大事だとデュブルデュー教授は言った。

バラの花が出てきたところで、メルロー特有のフローラルな香りの話題に移りましょう。赤ワインの花のアロマとして代表的なのは、スミレとバラでしょうか。メルローの場合はスミレよりもバラのトーンが優勢だと思います。僕はメルローを飲むと「大輪の赤い花」を思い浮かべることがよくあります。この時、念頭にあるのはハイビスカスの花です。ところが、実際のハイビスカスの花にはほとんど匂いがないのです(原生種の中には花に匂いのあるものもある)。あの真紅の色合いと妖艶な花びらの形状がメルローのイメージと通じるのです。

〈シャトー・パルメイ〉の貯蔵庫にて。

オー・メドックではカベルネ・ソーヴィニヨンとメルローをほぼ半々にブレンドするシャトーが多い。

ものによってメルローはハーブやチェリーリキュールのような風味を有します。「母性を感じさせる」と言われるのには、この辺りの香りも影響を及ぼしているかもしれません。雨の多い土地では、ストーキー(茎っぽい)、アーシー(土っぽい)といったトーンが出ます。熟成を経ると、なめし革やキノコの風味が出てきます。香りの複雑さということでは、“相方”でありライバルでもあるカベルネ・ソーヴィニヨンと拮抗すると思います。

選果台での作業。

口に含んだときに感じられる印象の表現としては、「まろやか」「丸みがある」「ふくよか」「シルキーな舌触り」といったものがあります。これらはタンニンが細かいことから来ている部分もあります。果皮が比較的薄い品種であったことを思い出してください。抽象的な言い方になりますが、概してメルローは垂直方向ではなく、水平方向にエネルギーが向かうという言い方ができると思います。

5回に亘って、メルローについて考察してきました。僕が最初にこの品種をマリリン・モンローに喩えたことを覚えていますか? そして、このシリーズのタイトルをモンローの本名に「永遠の」を加えたものにしたことの意図がわかってもらえたら、筆者としても嬉しいです。

摘んだブドウがバスケットを満たしていく。

Photographs by Yasuyuki, Hiromichi Kataoka

浮田泰幸(うきたやすゆき)
ワイン・ジャーナリスト、ライター。内外の産地・ワイナリー・生産者を取材し、雑誌やウェブサイトに記事を寄稿している。これまで訪問したワイナリーは600軒を超える。


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