ぶどうの音色、ワインの調べ 第20話

2020 年 09 月 29 日ライター:Yasuyuki Ukita

第20話 赤と黒、2つの貌を持つMr.アンビシャス①

熟成を経て妙なる色合いを見せるシラー。こちらは“赤”か、それとも“黒”か?

今回からシラーの話をしましょう。フランス・ローヌ地方北部を生まれ故郷とするこの黒ぶどうは近年世界各地でその
潜在能力を買われ、栽培面積を激増させています。少し古いデータですが、1990年から2010年の20年間で、その数字は約5倍になりました。現在、シラーは世界で6番目に多く植えられている品種ということになります。

少し横道に逸れますが、このランキングは「国際ぶどう・ワイン機構(OIV)」が2018年の1月に発表したものから引きました。参考に、栽培面積TOP10ぶどう品種を挙げておきましょう。

1位 カベルネ・ソーヴィニヨン
2位 メルロー
3位 アイレン*
4位 テンプラニーリョ
5位 シャルドネ*
6位 シラー
7位 グルナッシュ
8位 ソーヴィニヨン・ブラン*
9位 ピノ・ノーワル
10位 トレッビアーノ*
(*印がついたものは白ぶどう、あとは全て黒ぶどう)

ちなみに、上位13位までのぶどう品種が世界の3分の1の栽培面積を占めているとのこと。すでに述べたように、ワイン用ぶどうには5000〜8000の品種があると言われています。そこから考えると、この偏り方は少し異様な印象を受けますね。

話を本題に戻しましょう。シラーばかりがなぜモテる? その秘密を解き明かしていけば、この品種の特性に近づくことができるかもしれません。

完熟間近のシラー。果皮が厚いのが外見からもわかる。

栽培植物としてのシラーは、樹勢が強く、豊産。開花は遅め(遅霜による霜害のリスクが低い)、逆に果実の成熟は早め(晩秋に天候が不安定になる前に収穫できる)。果粒は小さめで、果皮の色は黒々として見えるほど濃い紺色を呈します。果皮が厚いのが幸いして、比較的病害に強いこともあり、栽培が容易であることも、この品種が「モテる」理由のひとつであることは間違いないでしょう。

原産地についてかつては、イラン南西部ファールス州の州都シーラーズ(Šīrāz)だとの説もありましたが、DNA判定により、先述のローヌ北部ということで落ち着きました。シラーの両親はモンドゥーズ・ブランシュとデュレザ・ノワールであることがわかっています。また数世代遡ると、ピノ・ノワールと遺伝的に繋がる可能性があると言われています。シラーについて理解しようとする時、このことは念頭に置いておくべき重要なポイントだと思います。

ローヌ北部エルミタージュのシラー(右)とカリフォルニア・ナパのシラー(左)。

故郷ローヌでは、果粒の小さなものを特別に「プティ・シラー(小さなシラー)」と呼ぶようです。これと同じ名前を持つぶどうがアメリカ大陸で普及していますが、こちらは元祖シラーとは縁もゆかりもないアカの他人であるようです。 シラーの味わいの特徴について述べるためには、まずこの品種が持つ「2つの貌(かお)」についてお話ししなくてはなりません。 シラーが「高貴品種」のひとつとして、カベルネ・ソーヴィニヨンやメルロー、ピノ・ノワールなどと席を同じくすることができているのは、ひとえに生まれ故郷であるローヌ北部の産地──エルミタージュ、コート・ロティなど──がこの品種で偉大なワインを生み出してきたからです。シラーはその後、ローヌ渓谷を下り、南仏へと広がっていきます。

南仏では、シラーはブレンド・ワインのキャストとして重要な役割を演じる。

南仏ラングドック地方、リムーのぶどう畑。

ロスチャイルド家所有の〈ドメーヌ・ド・バロナーク〉の赤ワインは大西洋系と地中海系を横断する
多品種ブレンドで知られるが、ここでもシラーは10〜20%を占め、「助演俳優」的なポジション。

一方で、シラーのもうひとつの大産地が南半球にあります。オーストラリアです(フランスの一地方であるローヌとヨーロッパ全土よりも広い大国オーストラリアを対置するのは乱暴な話だが、それはさておき)。オーストラリアでは、シラー(Syrah)をシラーズ(Shiraz)と呼んでいます。この国にシラーを持ち込んだのはジェームズ・バズビーという人物で、1832年のことでした。おそらく南仏のモンペリエからだったと推察されています。移入先のニューサウスウェールズ州で、この品種は瞬く間に広まり、その勢いは州境を越えて、南オーストラリア州やヴィクトリア州へも広がります。シラーズという呼び名の語源については、先述のイラクの都市名から取ったという説を含め諸説ありますが、はっきりしたことはわかりません。シラーズという呼び名は南アフリカやアメリカにも渡っていきました。

シラーズの古木と〈ヘンチキ〉6代目、ジョアン・ヘンチキ氏。

「ヘンチキ ヒル・オブ・グレース」は、オーストラリア産シラーズの最高峰とされるワインの1本。

10年ほど前まで、「シラー」と「シラーズ」はあたかも別のぶどう品種であるかのように扱われていました。それほどに両者のワインの味わいには大きな違いがあったのです。簡単にまとめると以下のようになります。

シラー:スパイシーでエレガント。胡椒の香りが特徴的。
シラーズ:果実味豊かで力強い。チョコレートの風味が特徴的。

遺伝子的に同じぶどうだと分かってはいても、ワインのスタイルがあまりにも異なるもので、「オーストラリアに持ち込まれてすでに170年もの年月が経ったのだから、きっとぶどうの遺伝子にも変化が起こったのだろう」と言う人もいました。90年代には、シラーズ的なキャラクターのワインがヨーロッパ市場でも流行したことから、フランスにまでラベルに「シラーズ」と記す生産者が登場します。シラーとシラーズは別物ということで落ち着くのなら、それならそれで良かったのですが‥‥。 (つづく)


Photographs by Hiromichi Kataoka, Taisuke Yoshida, Yasuyuki Ukita

浮田泰幸(うきたやすゆき)
ワイン・ジャーナリスト、ライター。内外の産地・ワイナリー・生産者を取材し、雑誌やウェブサイトに記事を寄稿している。これまで訪問したワイナリーは600軒を超える。


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