ぶどうの音色、ワインの調べ 第21話

2020 年 10 月 21 日ライター:Yasuyuki Ukita

第21話 赤と黒、2つの貌を持つMr.アンビシャス②

南仏ラングドック地方のシラー。

シラーについてお話ししている今回のシリーズのタイトルに「赤と黒」と付けたのは、シラーの持つ2つの貌(かお)をその色合いから連想・対比できると思ったからです。フランス・ローヌ北部のシラーは深みのあるルビーレッドを呈します。それは寒冷地におけるシラーの装いといえるものです。一方、オーストラリアの高温で乾燥した産地で栽培されたシラーズは黒々として闇のような色合いになると、かつては言われてきました。赤と黒で思い出すのは、スタンダールの小説『赤と黒』でしょうか。

この文学史上に残る名作のタイトルは、赤=軍人、黒=聖職者を表しているという説、あるいは、2つの色はルーレットの回転盤の配色で、主人公が人生の大勝負に出たことを暗喩しているという説があります。昨今のシラーの世界進出ぶりや、一見わかりやすそうで、実のところ捉え所のないこの品種のキャラクターを喩えるなら、後者のルーレット説のほうがふさわしいと僕は思います。

城塞都市カルカソンヌの周辺に広がるぶどう畑。

イタリア・シチリアでもシラーを栽培する試みが広がる。

つぼみをつけたシラーの木。

15年くらい前まで、ワイン関係のメディアやソムリエによるシラーの説明は、赤(ローヌのシラー)と黒(オーストラリアのシラーズ)の二項対立でほぼ完結していたのです。ところが、世の中の食の嗜好がライトでエレガントな方向へとシフトしていくにつれ、ワインも重厚でパワフルなものから優美繊細なもの、瑞々しくて飲みやすいものへとスタイルを転換するところが現れてきました。その結果起こったのが、「赤と黒のボーダーレス化」でした。「黒」の領域であったはずのオーストラリアでも比較的冷涼な土地で「赤」を造る生産者が続々と登場し、ラベルにも「シラーズ」ではなく「シラー」と表記したものが少なからず流通し始めたのです。言い換えるなら、それは「チョコレートから胡椒への変貌」でした。ややこしいのは「赤」のスタイルでありながら、品種名はあくまでも「シラーズ」に固執する造り手もいること。同じようなことがアメリカでも南アフリカでも起こりました。

ピーター・ヴィンディング氏と妻のスージーさん。ヴィンディング氏はボルドーや南アで醸造家として活躍した後、
シチリアに移り、シラーの新たな可能性を追求している。

ヴィンディング氏のシラー2種。濃縮感があるが、黒い果実とハーブの香りが奏でるハーモニーは軽やか。

このコラムに度々登場しているイギリス人ワイン・ジャーナリスト、ジャンシス・ロビンソン女史が、2015年に自身のウェブサイトで、シラーの比較試飲に関する面白いエピソードを紹介しています。かいつまんで再録すると──。

〈オーストラリアのマクラーレンヴェールにもワイナリーを所有するあるオーストリア人がロンドンに有力ワイン評論家を集めて、ブラインドによるシラーの比較試飲会を行った。自社のワインとローヌ、オーストラリアの名品を飲み比べてもらおうというのがその会の目的だった。私(ロビンソン女史)は、その会場であるオーストラリアのシラーズを「これは間違いなく北部ローヌのワインだ」と断じ、別のローヌのワインには「オーストラリアのワインか少なくとももっと赤道近くのワイン」とコメントするという、大失態を演じてしまった〉(Jancisrobinson.comより)

ロビンソン女史の文章は、「先日開いた南アフリカ・ワインの試飲会の会場にはシラーとシラーズの両方を造る生産者もいた」というエピソードで終えられています。


アメリカ・ニューヨーク州フィンガーレイクの生産者、クリストファー・ベイツ氏。
シラーを含む多様な品種から、デリケートな味わいのワインを造る。

ベイツ氏のワイナリー〈エレメント〉のラインナップ。左から2本目がシラー。スミレとカシスの香り。

実は僕自身もつい最近、ロビンソン女史と同じような体験をしました。その話は、シラーの味わいについて述べた後にすることにします。ことほど左様に、シラーの持つ「2つの貌」は紛らわしい状態にあり、今なお動き続けているのです。

オーストラリア・バロッサ・ヴァレー〈ロックフォード〉の「バスケット・プレス シラー」(左端)は
オージー・クラシックと呼ぶべき、「黒」シラーの逸品。「濃いが重くない」と評される。

(つづく)

Photographs by Taisuke Yoshida, Hiromichi Kataoka, Yasuyuki Ukita

浮田泰幸(うきたやすゆき)
ワイン・ジャーナリスト、ライター。内外の産地・ワイナリー・生産者を取材し、雑誌やウェブサイトに記事を寄稿している。これまで訪問したワイナリーは600軒を超える。


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