ぶどうの音色、ワインの調べ 第25話

2021 年 01 月 14 日ライター:Yasuyuki Ukita

第25話 エミリア=ロマーニャの“逆転人生”❷

「もう一つの改革」はこの飴色のワインに結実した。

〈ファットリア・ゼルビーナ〉の女性醸造家、クリスティーナ・ジェミニアーニさんが在来種の白ブドウ、アルバーナで起こした「もう一つの改革」とは、この地方にはなかった貴腐ワインを造ることでした。

貴腐が始まっていないブドウ。

僕が訪ねたとき、クリスティーナさんはまさにアルバーナの収穫の真っ最中でした。彼女はスタッフたちの先頭に立ち、バスケットとハサミを持って、熟したブドウの房と格闘していました。 「この粒は黄金色をしているでしょう。これは菌がまだちゃんと働いていない証拠。こっちはレーズンになってしまっているから使えない。これはヴィネガーになってしまっているわね。果皮が紫色に変色して、適度に凹んでいるものがいいの。ほら、蜂がたくさんいるでしょう。彼らはどれが良い状態のブドウかをよく知っているのよ」

貴腐果と腐敗果の混じった房。

「貴腐」というのは、ボトリティス・シネレア菌(貴腐菌)がブドウに付着・繁殖することによって起こる現象で、これが起こるとブドウは官能的な香りを放ち、濃縮した甘みを持ちます。強い甘みの方は、菌が果皮に穴を開けることで果実の中の水分が蒸発し、糖分が濃縮することで生じます。一方、嗅ぐとうっとりとしてしまうような独特の香りは菌の代謝によって出てくるものです。

クリスティーナさんが理想的な貴腐果を摘んで見せてくれましたが、素人目にはカビが生えて腐敗したブドウにしか見えません。しかし、勇気を出して口にしてみると、確かに極めて甘く、通常のブドウにはない、「高貴」と表現したくなるような香りがあり、決して腐敗しているわけではないことがわかりました(貴腐菌は単体で付いた時だけ、ブドウにポジティブな作用をもたらす)。

これが理想的な貴腐果。

房からちゃんと貴腐したブドウだけを切り離して収穫する。

貴腐果で造る極甘口の白ワインは、ハンガリーのトカイや、フランス・ボルドーのソーテルヌがよく知られています。トカイはフルミントなどの品種で、またソーテルヌはセミヨンで造られます。ソーテルヌの〈シャトー・ディケム〉が造る貴腐ワインは特に広く知られる名品です。

アルバーナは標高の低い土地に植えた。

クリスティーナさんは著名な醸造コンサルタントのヴィットリオ・フィオーレ氏やレストラン経営者でソムリエのジャンフランコ・ボロネージ氏にも助言を仰いだ結果、ロマーニャで、地ブドウであるアルバーナを使って貴腐ワインを造ることを決意しました。収穫の方法については、ボルドーで学んだ経験を生かしました。

収穫スタッフにブドウの良し悪しを指導するクリスティーナさん。

アルバーナは長さ50cmにもなる長大な房が特徴で、伝統的には木を高く伸ばし、枝を大きく水平方向に張らせる「ペルゴレッタ・アルバーノ」という独特の仕立てで栽培されていました。

ペルゴレッタ・アルバーノという仕立て。

白ブドウでありながらタンニンが豊富で、酸も糖度も高いブドウです。普通の白ワインとして造ると、黄桃やアーモンドの香りを持つワインになりますが、クリスティーナさんはこれにさらなる付加価値を付けようとしたのです。彼女のエステートの中でも標高の低い部分が貴腐菌にとって好もしい湿潤な環境であったことがベースにあったことは言い添えておかなければならないでしょう。

すでに述べたように、貴腐の状態は同じ房の中でもまちまちです。それゆえに、収穫は房ごとではなく、果粒ごとに行わなければなりません。手間も時間もかかる大変な作業です。また、貴腐が起こるかどうかは自然任せなので、気象条件によっては全くそれが起こらない「不作年」もあり、リスキーなのです。クリスティーナさんは5年間の試行錯誤を経て、アルバーナによる最初の貴腐ワイン「スカッコマット」を世に送り出しました。

「貴腐したアルバーナ」と記したシールが張られたタンク。

発酵中のアルバーナ。

「スカッコマット2015」をテイスティングしてみましょう。アプリコット、サフラン、蜂蜜、オレンジピール‥‥次から次へと香りの要素が溢れ出てきます。上品さとデカダンスが共存しているイメージ。口の中ではトロリとして密度が高く、液体なのに個体を含んでいるような確かなボディが感じられました。

ワイン法上のカテゴリーは「アルバーニャ・ディ・ロマーニャ」。
最高ランクのDOCG(保証付原産地統制呼称)に格付けされている。

(つづく)

Photographs by Taisuke Yoshida

浮田泰幸(うきたやすゆき)
ワイン・ジャーナリスト、ライター。内外の産地・ワイナリー・生産者を取材し、雑誌やウェブサイトに記事を寄稿している。これまで訪問したワイナリーは600軒を超える。


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