ぶどうの音色、ワインの調べ 第29話

2021 年 02 月 26 日ライター:Yasuyuki Ukita

第29話 スペイン、テンプラニーリョの本領を探る旅❶

今回から数回にわたり、スペインの銘醸地リオハ・アラベサでの取材成果をレポートします。

紅葉で色づく収穫期終盤のリオハのブドウ畑。

30年以上前の思い出話から始めさせてください。そのとき僕は駆け出しの旅行ガイドブック編集者として、スペイン全土を廻る取材旅行をしていました。旅の終盤、取材のアテンドに協力してもらった某航空会社のマドリード・オフィスに挨拶に出向きました。ここで僕は一杯の赤ワインを振る舞われました。まだ20代前半でワイン経験に乏しかった当時の僕にも、そのワインの精妙な味わいは「おいしい」と感じられ、心を揺さぶられるようだったことをよく覚えています。ワインを飲ませてくれた航空会社スタッフも僕の反応を見て満足そうでした。

「素晴らしいでしょう? スペインのワインの一部は実はフランスの有名なワインと同じくらいレベルが高いのです。しかし、スペイン人は宣伝が下手なもので、その価値が世界的には知られていません。まあ、おかげで、おいしいワインが安く買えるので、それはありがたいのですが‥‥」

このとき僕が飲んだのは熟成したリオハの赤ワインだったと思います。

テンプラニーリョの古木。

時は下って、今回リオハ・アラベサ(リオハを構成する3つのサブゾーンのひとつ。詳細は後述)を訪問したのは収穫期の終盤でした。川岸の丘に立つと、エブロ川の両岸に紅葉したブドウ葉が海のように広がっていました。

リオハはスペイン北部に東西に広がるスペイン有数のワイン産地です。この地におけるワイン造りの歴史は古く、紀元前のフェニキア人やケルティベリア人の時代にまで遡ります。カベルネ・ソーヴィニヨンなど現在では「ボルドー品種」として知られているいくつかのブドウ品種の原種がスペイン北部からピレネー山脈を越えて、ボルドー地方に持ち込まれた話はこのコラムでも前に書いたことがあります。

リオハ・アラベサの中心都市ラグアルディア。

レストランのセラーにはずらりとリオハのワインが。

リオハで造られるワインの4分3が赤。主要品種はテンプラニーリョで、ガルナッチャ、グラシアーノなどとブレンドするのが伝統的な製法です。が、最近では単一品種のワインを造る生産者も増えています。

良年にのみ造られるスペシャル・キュヴェ。

テンプラニーリョはリオハが出身地だとされています。ここからイベリア半島全体に広がり、各地で独自の呼び名を獲得しました。「ティント・フィノ」「ティント・デル・パイス」「センシベル」「ウル・デ・リェブレ」「ティンタ・デ・トロ」「ティンタ・デ・マドリード」「ティンタ・ロリス」「アラゴネス」‥‥、一見全く別々のブドウを指すように響くこれらの品種名は全てテンプラニーリョのシノニム(別名)です。

今では、アメリカ、オーストラリア、そして日本でも、テンプラニーリョが栽培されています。

ラグアルディアのバル。

テンプラニーリョの語源は「早熟」を意味する「テンプラーノ」だとされています。他のブドウよりも開花が遅く、果実の成熟が早いので、遅霜や凍害を避けることができ、また果皮が厚いことからカビ系の病気にも強いことは栽培を比較的容易にしていると言えるでしょう。

味わいについて言うと、テンプラニーリョはカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、ピノ・ノワールといった他のポピュラーな品種と比べると、やや個性が弱いと言わざるを得ません。香りは若いワインだとイチゴやプラム、熟成を経ると干しイチジクやタバコ葉、なめし革のような風味が出てきます。酸も渋味もそこそこですが、熟成に耐えるには十分。これらの特徴をまとめると「よく言えばデリケート、悪く言えば没個性」「ケチのつけようはないが、特段の売りもない赤ワイン」と言う感じになってしまうのです。

熟成期間や製法で様々なスタイルのワインを造る「ボデガス・カサプリミシア」のラインナップ。

しかし、テンプラニーリョの名誉のために言っておきますが、この品種で造られた「偉大なワイン」が歴史的にも多々あり、テンプラニーリョ は「高貴品種」の一つに数えるべきだと断言できます。なぜ没個性な品種が高貴たり得るのか? この謎を解くためには、リオハの歴史を紐解かねばなりません。この続きは次回ということにしましょう。

土壌や地勢の違いでぶどう葉の紅葉の色合いが微妙に異なる。

(つづく)

Photographs by Yasuyuki Ukita

浮田泰幸(うきたやすゆき)
ワイン・ジャーナリスト、ライター。内外の産地・ワイナリー・生産者を取材し、雑誌やウェブサイトに記事を寄稿している。これまで訪問したワイナリーは600軒を超える。


アッサンブラージュをWEBで体験する

キュヴェ(ワイン原酒)を味わいながらアッサンブラージュ体験する

講師のレクチャーを聞きながら、アッサンブラージュを体験する