ぶどうの音色、ワインの調べ 第12話

2020 年 01 月 21 日ライター:Yasuyuki Ukita

第12話 ブリティッシュ・トラッドを着こなすエリート②

 

典型的なカベルネ・ソーヴィニヨンの果実。

 

カベルネ・ソーヴィニヨンの起源は今なお神秘のベールに包まれています。確実なのは、発祥の地とされるボルドーのメドックやグラーヴが銘醸産地として成立する18世紀末までは、この品種がワインの歴史の舞台で大きな役割を演じることはなかったということ。

 

ボルドー近郊で発掘された、旧石器時代のものとされる「ローセルのヴィーナス」。
この形には豊穣への希いが込められているのか(アキテーヌ博物館所蔵)。

 

フランス南西部のボルドーにぶどうとワイン造りがもたらされたのは紀元前のことだと分かっています。ローマ帝国がフランス南西部に駐屯する兵士に与えるワインを現地調達するため、ブルディガラ(ボルドーの古称)の農民たちにぶどう栽培をするよう奨めたのです。1、2世紀ごろには「ビチュリカ」という品種が栽培されていたことが博物学者、大プリニウスの書物にも記されています。ブルディガラに住んでいたビチュリカ・ヴィスケスというケルト民族の名を取って名付けられたその品種は、耐寒性に優れていたため、当時はぶどう栽培の北限に近かったこの土地にワイン造りが根付くのに大きな役割を果たしました。

ローマ時代のモザイク床にはぶどうのモチーフが(アキテーヌ博物館の展示より)。

 

このビチュリカがカベルネ・ソーヴィニヨンの祖先だと長らく信じられていましたが、20世紀後半になって、ワインに関する研究で名高いカリフォルニア大学デイヴィス校のチームがDNA解析によって、カベルネ・ソーヴィニヨンがカベルネ・フランとソーヴィニヨン・ブランの間に生まれた子どもであることを突き止めます。その「結婚」はどうやら17世紀のどこかの時点のことで、自然交配によるものだったようです。

カベルネ・ソーヴィニヨンの果粒の特徴は、小さく、果肉に対して種子の割合が大きいこと。そして果皮が厚いこと。果皮の色は濃いブルーです。種子はカベルネ・ソーヴィニヨンに豊富なタンニンをもたらします。また果皮はワインの色合いに深みを与えます。果皮が厚いおかげで、この品種は腐敗に対して強いとされています。

選果作業に追われる女性たち。オー・メドックにて。

 

収穫の季節にボルドーに行くと、カベルネ・ソーヴィニヨンとメルローが隣り合った畝でぶどうを実らせているのに出くわします。両者はとてもよく似ていてパッと見ただけでは違いがわかりにくいものです。見分けるコツを現地のシャトーの人が教えてくれました。

「葉っぱは切れ込みの部分がカベルネ・ソーヴィニヨンの方が深く、メルローの方が浅い」「ぶどうの房を鷲掴みにしてみて、ギュッと詰まっている感じならカベルネ・ソーヴィニヨン、逆にパラパラとしてゆるく感じられたらメルローだよ」

実際に畑に入って試してみると、葉っぱの違いは微妙ですが、房を握った感じで判断する方法はかなり有効なようでした。

カベルネ・ソーヴィニヨンの葉は切れ込みが深い。

 

既述のようにカベルネ・ソーヴィニヨンにはヴィンテージやテロワール、醸造テクニックといったものの「違い」や「個性」を表現する能力があるのですが、当然「持ち前のキャラクター」というものがあります。僕はそれを定期的に確認するように心掛けています。いわばニュートラルなカベルネ・ソーヴィニヨンで鼻と舌をリセットするのです。そうしていないと、ワインをテイスティングする際にどこまでがぶどう本来の個性で、どこからが風土や人の営みの影響なのかがわからなくなるからです。

伸び始めた新梢。チリ、マイポ・ヴァレーにて。

 

そんな時に僕が飲むのはチリのカベルネ・ソーヴィニヨンです。例えば、コノスルの「20バレル・リミテッド・エディション カベルネ・ソーヴィニヨン」(2500円前後)は、カシス、ブルーベリー、プラムといった果実味が生き生きと立ち、コーヒーリキュールやタバコのトーンもあって、このぶどう本来の個性が素直に出ていると思います(単一品種ワインではなく、実際にはシラーやカルメネールが少量ブレンドされている)。バニラやリコリスの人懐っこい風味は樽由来でしょう。このワインの元となるぶどうはカベルネ・ソーヴィニヨンの適地として知られるマイポ・ヴァレーで栽培されています。チリは全体的に乾燥が激しく、灌漑を施さないとぶどうを育てることができません。灌漑に使われるのはアンデスの清明な雪解け水です。たっぷりの強い日差しと綺麗な水──このシンプルな組み合わせが品種本来のキャラクターを表出させるのでしょう。

「コノスル」のぶどう畑。自転車は自然なワイン造りを心がけていることの象徴。

コノスルの「20バレル・リミテッド・エディション カベルネ・ソーヴィニヨン」。

 

ニュートラルな個性の上に産地やヴィンテージの特徴が加味されることにより、カベルネ・ソーヴィニヨンはミント、ピーマン、キノコ、森の下生え、杉、ユーカリ、黒オリーブ、ローリエ、鞣し革等々のアロマを出現させます。その辺りの話はまた次回ということにしましょう。

Photographs by Hiromichi Kataoka, Yasuyuki Ukita

浮田泰幸(うきたやすゆき)
ワイン・ジャーナリスト、ライター。内外の産地・ワイナリー・生産者を取材し、雑誌やウェブサイトに記事を寄稿している。これまで訪問したワイナリーは600軒を超える。