ぶどうの音色、ワインの調べ 第22話

2020 年 11 月 05 日ライター:Yasuyuki Ukita

第22話 赤と黒、2つの貌を持つMr.アンビシャス③

冷涼地のシラーは魅惑的なルビー色を呈する。

2016年9月に都内のホテルで開かれたセミナーは、ワイン好きやエキスパートがシラー(シラーズ)を語る上で、その後無視することができなくなるほどに画期的なものでした。そのセミナーのタイトルは「オーストラリア・シラーズが持つユニークなスパイス感の秘密」、講師を務めたのはオーストラリアワイン研究所(AWRI=Australian Wine Research Institute)のコン・シモス氏でした。

このセミナーで語られたのは、今回僕が「赤」と「黒」に分けているシラーの「赤」のほうに特に顕著に現れる胡椒の香りについてでした。コン・シモス氏らは生産者の求めに応じて、2003年からこの香りの研究を始め、5年の歳月をかけて「ロタンドン」という成分がその香りの元であることを突き止めたと言います。

かなり専門的な話題ですが、知っておくとシラーを飲むときにイメージが膨らむし、酒席での「小ネタ」としても使えるので、ぜひお付き合いください。

シラーの新梢。芽吹きが遅いのがシラーの特徴。

ロタンドンは植物に含まれる化合物で、シペラス・ロトゥンドス(和名=ハマスゲ)という植物から見つかったことからその名が付いている。ロタンドンを多く含むものの代表格は白胡椒、黒胡椒。白胡椒に含まれるロタンドンの量は「胡椒風味の強いワイン」の1万倍であるという。この化合物を多く含む他の植物としては、マジョラム、ローズマリー、タイムなどのハーブ類がある。ぶどうの場合、ロタンドンは果皮に含まれ、果肉や種子には含まれていない。シラー以外のぶどう品種でロタンドンを多く含むことが分かっているのは、スキオペッティーノ(イタリア・フリウリ地方の黒ぶどう)、ヴェスポリーナ(イタリア・ピエモンテ地方の黒ぶどう)、グリューナー・フェルトリーナー(オーストリアの白ぶどう)。

ロタンドンの多寡は栽培地の気温や日照に関係する。冷涼な土地で育てられたシラーには多く含まれる。また、同じ土地でも冷涼な年ほどロタンドンが多い。畑での除葉(風通しを良くするなどの目的でぶどうの葉を間引くこと)など人為的な要素がロタンドンの多寡を決める場合もある。一方、醸造工程はロタンドンの量に影響を与えることはない。

オーストラリア・ビクトリア州ヤラ・ヴァレーで〈ジャムシード〉を営むギャリー・ミルズ氏。
彼の造る「ラ・シラー」は、瑞々しく、焼けたベーコンの風味と赤い果実が共存する逸品。

オーストラリアを代表する生産者のひとつ、デ・ボルトリがヤラ・ヴァレーのぶどうで造るシリーズ。
左の「アクト・フォー」はシラーとガメイの混醸。

同じシラーズでもバロッサ・ヴァレーなど温暖な土地のものはロタンドンの量が少ないか、もしくは含まれていなかったそうです。この結果から類推すると、ローヌ北部のシラーから胡椒の香りがするのは、土地の冷涼さに原因がありそうです。

日本でもロタンドンの研究が行われており、長野県上田市にあるマリコ・ヴィンヤードのシラーにロタンドンが多く含まれることが分かっています。

南アフリカ・ステレンボッシュの〈ウォータークルーフ〉が手掛ける「サーカムスタンス シラー2015」。
ワイルドベリーの香りに黒胡椒の香りが交じる。

アメリカ・カリフォルニア州サクラメント東郊のワイナリー〈ラ・クラリーヌ・ファーム〉の
「シラー“スム・カウ”2016」。有機栽培のぶどうを使い、自然な造りで醸されるジューシーなシラー。

シモス氏がセミナーで語ったことの中で、特に面白かったのは、ロタンドン由来の胡椒香を人間が感知する能力の話題でした。先ほども述べたように、白胡椒とぶどうとの間には含まれるロタンドンの量に1万倍もの差があり、ぶどうに含まれる量はほんのわずかに過ぎません。ところが人間の嗅覚は驚くほど敏感で、オリンピック競泳用プールにわずか1滴のロタンドンを垂らしただけで、その香りを感知するというのです。そしてさらに興味深いのは、5人中1人は高濃度のロタンドンが含まれていてもそれを全く感知できない、つまり「ロタンドン不感症」の人が20%もいるというのです。

南仏ルーションの〈ドメーヌ・ガルディエ〉の「クロ・デ・ヴィーニュ2017」(左)。
グルナッシュなどとのブレンドで、シラーの割合は20%ほどだが、ワインに骨格とスパイスを与えている。

AWRIがオンライン上で公開している資料(*1)には、シラーの風味の要素と人々の「味の好み」の相関を示したグラフ(散布図)が載せられています。それによると、胡椒の風味と人々の嗜好は同じ方向性の中にあります。つまり、胡椒のフレーバーが強く出るワインのほうが人はおいしいと感じるということです。

(つづく)

**注釈

*1 https://www.awri.com.au/wp-content/uploads/2018/03/Regionality-presentation-PDF.pdf

Photographs by Hiromichi Kataoka, Yasuyuki Ukita

浮田泰幸(うきたやすゆき)
ワイン・ジャーナリスト、ライター。内外の産地・ワイナリー・生産者を取材し、雑誌やウェブサイトに記事を寄稿している。これまで訪問したワイナリーは600軒を超える。


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